先願発明との同一性 (平成3年(行ツ)第98号、最高裁平成5年3月30日第3小法廷判決)

最高裁平成5年3月30日第3小法廷判決

事実関係

・先願特許権者のYが、後願特許権者Xの特許に、39条1項の無効理由があるとして、審判請求をした。

・先願特許と、後願特許は、ともに「通電加工装置」という発明に関するもの。

・特許された後願の請求の範囲には、「短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得る」という文言があった。(これを、「逆方向軌跡の構成」と呼ぶ)

・じつは、先願にも、「逆方向軌跡の構成」にあたる文言が、特許の前にはあったのだが、審査官が、この文言は動作を述べたもので、動作は発明の構成に書くことのできない事項に該当しない、と述べた拒絶理由を受けて、その「逆方向軌跡の構成」にあたる文言を補正で削除していたという経緯があった。

・ 特許庁は、無効審判の請求を認容した。
(先願の特許請求の範囲には、「逆方向軌跡の構成」が記載されていないものの、発明の構成に必須であるとして、先願発明の要旨を、「逆方向軌跡の構成」を含めて認定し、両発明は同一とした。)

・後願特許権者Yが出訴

・東京高裁は、無効審決を取り消すべきとして、Yの請求を認容した。

( 東京高裁は、まず、明細書の「発明の詳細な説明」から、発明の必須の構成とされる事項であっても、特許請求の範囲に全く記載されていない事項を記載があるものとすることはできない、と一般論を述べた。
そして、本件では、特許請求に「逆方向軌跡の構成」を有する旨の直接の記載もなく、また、明細書の「発明の詳細な説明」の記載を参酌しても、特許請求の範囲の記載が実質的に「逆方向軌跡の構成」を表すものと解することのできる記載はないので、特許請求の範囲に「逆方向軌跡の構成」を加えて認定することはできない、とした。

本判決

・破棄差し戻し

・判旨 (後半で最高裁は場合分けをして検討していますので、注意して読んでください)

「原審の確定した事実関係は次のとおりである。

1 本件(後願)発明の特許請求の範囲の記載は、

「加工材と加工電極との間の加工電圧と基準電圧との差電圧に応動し加工材または加工電極を相対的に駆動するサーボ装置と、予定された加工形状を前記加工電極が追跡するようにデジタル量として指令信号が記憶されている記憶媒体と、前記指令信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各指令信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記記憶媒体を移動しかつ前記加工材と加工電極との短絡に際しては前記記憶媒体を逆方向に移動させる制御装置とを有し、短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得ることを特徴とする数値制御通電加工装置。」

というものである。

2 特許庁は、昭和60年9月24日、本件発明は、その先願に当たる昭和43年特許願第41029号の発明(以下「先願発明」という)と同一の発明と認められるとして、被上告人の本件特許を無効とする旨の本件審決をした。

3 先願発明の特許請求の範囲の記載は、

「電極と加工物間の電圧と設定電圧との差電圧に応動し、電極又は加工物を相対的に駆動するサーボ装置、予定された加工形状を前記電極が追跡するようにデジタル量として情報信号が記録されているテープと、前記情報信号を読取り前記サーボ装置へ伝達する読取装置と、前記各情報信号をデジタル量の加工に先だって順次読取るために前記読取装置の読取位置へ前記テープを移動しかつ前記加工物と電極との短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置とを有するデジタル制御による通電加工装置。」

というものである。 」

「原審は、被上告人主張の主位的な審決取消事由を理由があるものと認め、先願発明には、本件(後願)発明における

「短絡事故に際し加工材または加工電極が前記追跡軌跡を逆方向にたどり得る」

との構成(以下「逆方向軌跡の構成」という)は、

先願発明についての明細書の発明の詳細な説明の欄から読み取ることができるものの、特許請求の範囲にはその記載がないことを理由に、

この記載の構成を先願発明の構成に加えて先願発明の要旨を認定し先願発明を本件発明と同一のものとした本件審決は違法であるとして、これを取り消した。

三 しかしながら、原審の右の判断は是認することができない。

その理由は、次のとおりである。

原審の確定したところによると、先願発明の前記特許請求の範囲の記載は、数次の補正を経ているものであり、逆方向軌跡の構成に当たる文言は前記の特許請求の範囲の記載に補正される前には存在していたところ、

先願発明に係る特許出願における審判手続で、右の「文言は所望の動作を述べたものとしか認められない。動作は発明の構成に欠くことができない事項に該当しない。」との拒絶理由通知が示されたことから、先願発明の特許出願人は逆方向軌跡の構成に当たる文言を削除する補正をしたというのである。

これによると、逆方向軌跡の構成は単に他の構成から生ずる作用を示したにすぎず、

したがってまた、本件(後願)発明の逆方向軌跡の構成も、発明の構成に欠くことのできない事項には当たらないと認める余地があるというべきである。

しかるに、原審はこの点について何ら説示を加えないまま、逆方向軌跡の構成の文言の有無のみをもって、本件発明と先願発明の同一性の有無を判断したものであり、

原判決にはこの点において理由不備の違法があるといわなければならない。

また、先願発明の特許請求の範囲の記載にある「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置」との構成は、逆方向軌跡の構成を包含するものであることが明らかであるところ、

逆方向軌跡の構成が、発明の構成に欠くことのできない事項に当たるとすれば
被上告人の本件(後願)発明は逆
方向軌跡の構成のみを採択したものであるといわなければならない。

この点に加え、その余の構成すべてにおいて本件発明は先願発明と同一のものであるとするならば
本件(後願)発明は、先願発明の構成に更に限定を加えたものにほかならないことになる。

そして、被上告人は、逆方向軌跡の構成以外の構成においては、本件(後願)発明は先願発明とすべて同一のものに帰するとした本件審決の認定を争っておらず、

また、本件発明の構成が先願発明の構成に包含されるとしても、なお本件発明と先願発明との同一性を否定することができるような特段の事情についての主張はないから、

本件発明は先願発明に包含されるものであり、先願発明と同一の発明であるというべきである。

他方、右にみたところからすると、逆方向軌跡の構成が、前記のように他の構成から生ずる作用を示したにすぎないものであるとすれば、本件発明が先願発明と同一の発明であることはいうまでもない。

そして、更に進んで本件をみるのに、

本件発明と先願発明の対象となっている通電加工装置のうち、特に線状電極を用いて任意の連続形状を加工する態様のものにおいては、先願発明の「短絡に際しては前記テープを逆方向に移動させる制御装置」との構成を採択すれば、加工電極は追跡軌跡を逆方向にたどる以外の作用を呈することはないのであって、先願発明においても、逆方向軌跡の構成が包含されていることは明らかである。

そのような通電加工装置においては、本件発明と先願発明は同一の構成に係るものであることは疑問の余地がなく、結局、本件発明は先願発明に包含されるもので、先願発明と同一の発明といわざるを得ない。

原判決には、特許法39条1項の解釈適用を誤った違法があり、この違法が原判決の結論に影響することは明らかである。

この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

本件発明が先願発明と同一のものであるとした本件審決の認定に違法があるとする被上告人の主位的な審決取消事由は失当である。

ところで、被上告人は、先願発明について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした明細書の補正はその要旨を変更するものであり、その特許出願日は本件発明の特許出願日よりも後の日に繰り下がるものとされ、先願発明は本件発明の先願とはいえないことになるから、先願発明が本件発明の先願に当たるものであることを理由に本件発明は特許を受けることができなかったとした本件審決は違法であるとの予備的な審決取消事由を主張している。

この事由については、本件審決で明示の判断が示されていないところであるが、本件審決は、先願発明は本件発明の特許出願日より前の日に特許出願されたものに係るものであると認定しているのであるから、その前提として、先願発明には要旨変更を伴う明細書の補正はなかった旨の黙示的な判断を加えていることが明らかであり、本訴においては、進んで、予備的な審決取消事由について審理判断をする必要がある。

そこで、予備的な審決取消事由の存否について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

解説 ~この判決の意味~

もういちどおさらいすると、

特許庁は、特許請求の範囲に記載のない事項を加えて発明の要旨を認定し、実質同一としたのですが、

逆に、高裁は、特許請求の範囲の記載に「逆方向軌跡の構成」の文言がないことを根拠に、審決を取り消しました。すなわち、高裁は特許請求の範囲の文言にこだわったのです。

しかし、最高裁は、先願と後願の特許請求の範囲に記載された事項の技術的意義を、発明の詳細な説明の記載に照らして解明し、判旨のとおり、高裁とは異なる結論を導きました。

すなわち最高裁は、先願と後願の発明の内容をしっかりと見ました。そして、先願の請求の範囲には「逆方向軌跡の構成」の文言はないけれども、残りの文言から把握できる発明が、「逆方向軌跡の構成」を有していると言いったのです。 (※ 高裁が文言だけで先願の特許発明の内容を判断したのとは異なります)

さらに、傍論で、

後願の特許請求の範囲の発明は、
「逆方向軌跡の構成」が発明の特定に不可欠な事項であったとすれば、単に先願の特許発明を限定しただけだ、といいました。一方、単に、構成から自然に導かれる作用を書いたのだとすれば、やはり技術的思想としてみれば同一だ、といいました。